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2005年6月の7件の記事

2005.06.22

未来を創る

パーソナルコンピュータの父、アランケイが来日している。

タイムリーなことに、最近通勤中にアランケイの論文の邦訳を読んでいる。彼がPARCにいたときと、今とでは、記事と本を読む限り、子供が次の未来をつくるためのアーキテクトを提供したいという本質はほとんど変わっていないようだ。

子供ほど、子供の作る未来ほど、神秘的なものはないということだ。

give kids the world.

2005.06.20

飛べる

050620_1126001.jpg

会社でcoLinux起動したら飛んだ。
メモリがたんないのかなー

2005.06.16

権利行使案

自分の会社の労使協定をまじめに読んでいたら、既婚者特典でこんなのみつけました。

既婚の組合員が新幹線を利用して通勤する場合は、会社補助額は前後の在来線等を含む新幹線普通車自由席用通勤定期券代の90%とする。但し、新幹線の乗車距離50km以上、通勤時間120分以内を会社補助の条件とする。

これをもとにこんなプランを考えてみた。

小田原に住んで毎日新幹線通勤

・駅近く3LDK家賃8万
・ただし月7000円程度交通費自腹
・通勤時間1時間弱
・終電を逃すとタクシー代は地獄
・鎌倉が近くてウマー
・妻実家が遠くなってウマーマズー

どうかなー
新幹線自由席って座れるもんなのかな

ちなみに時間と距離は
before → after
46.7km → 81.7km
1h21m+α → 52m+α

新幹線パワー恐るべし。

忘れちまえ

こりゃ仕事したんだかしてないんだか、身になったのかなってないんだか、給料が出たけどだからなんなんだ。自分や家族の10年後、20年後はどうなってるんだ。色々つまんないことに気が入ってしまうような、そんな疲れた日の真っ暗な帰り道で、シャホーされたウルフルズの忘れちまえを聞いたら、ダメだけど、すごく気持ちよかった。

2005.06.10

ソーリーマイワイフ

ガンダムがテレビで流れるたびに、妻が愚痴をいう。

「私はあの日のことを一生忘れない」って言う。

それはなぜかというと、僕がひどいことをしたからなんだ。実は今もそれほどひどいとは思っていない。

悠人の誕生日は1月15日。たしかその1週くらい前の話だ。妻は陣痛が近づき、腰が痛くて眠れないという日々が続いていた。ほんとつらそうだった。かわいそう。自分でずーっと腰をさすっていた。

丁度そのころ東京MXテレビでガンダムの劇場版1,2,3を続けて放映していた。

つまり僕は、彼女を無視してガンダムをずーっとみてた。背中をさすってやることもなく。しかもそんなに好きじゃないのに。ガンダム。

「私はあの日のことを一生忘れない」

ソーリーマイワイフ。

2005.06.09

孤高は無理なのか

今話題のアルテイシア日記。

虎は個体で生きる習性。群れもつがいも作らない。 ライオンは集団で生きる習性。群れを作りつがいで生きる。 そして、人間はライオンと同じ、集団で生きる習性。 これは、人類誕生1万年の歴史では覆せないんだよ。 進化は、何万年の単位でしか起こらないから。 その証拠に、現代人の脳はクロマニヨン人の脳容積とあまり変わらない。

・・・でもね、社会は劇的に変化してるでしょ?
だから錯覚を起こしてしまう。
今の社会は一見、物理的には『独りで生きていけそう』に思える。
でもそれは錯覚で、人間はその種の性質上、絶対に独りでは生きられないんだよ。

俺はそれを図鑑で知ってるから、虎のように生きることはあきらめた。
『孤高の存在』には、人間という種である以上、なれない。
じゃあ、人と折り合って生きていこうと。

僕はロゴスによる説得に弱い。

2005.06.05

靖国参拝

日曜日に妻と息子を連れて一家で靖国神社に参拝した。

私自身、参拝は二回目。多分去年か一昨年のちょうど今ごろだったと思う。そのときは一人で、平日に午前休をとって出勤前に行った。過去ログをパラパラと探ったがそれらしき記述が見あたらなかった。日記はマメにつけたほうがよいのだな。

今年は家族を連れて参拝したくなったのだ。なぜかこの季節になると鎌倉に行きたくなったり靖国に行きたくなる。なんでかな。

綾子は口にこそ出さないが出かける時からあまり乗り気ではなかったようだ。まぁそういうものか。文句をいわないだけ偉いと思う。

少し暑いくらいで快晴。すばらしい天気。手を洗う水が気持ちいい。

大鳥居の付近で白人のカップルがゴミを残したまたまその場を去ろうとした。そのとき、黒いグロリアに乗ったいかにも、といった四人組の方々のひとりが車から降り「ヘイ、ユー!」とゴミを拾い上げ白人に渡した。

空気を読んだ白人は罰の悪い顔をして去っていった。

礼の有り所をいいところで確認できてよかった。ジャストプレイス。

門の前で代替戦没慰霊施設の反対署名の呼びかけがあって一瞬心が揺らいだが、署名するなど柄にあわないと思ったのでやめた。

門に入るときから一礼をする人がいた。

そういえば小学生のときに入学式卒業式のときには大きな国旗が掲げられていて、事あるごとに国旗に向かって先生は一礼していたなあというのを思い出した。今の小学校はそういうのやるのかな。だとしたら僕は恵まれていたんだな。

本殿に入って三人でお祈りした。僕は心の中で無事息子を授かった喜びを報告し、先人の犠牲に感謝した。

また頑張らなければなという気になった。

帰りに菊紋のストラップを買った。僕の携帯にはミッキーマウスと菊紋が同居している。僕を体言しているかなぁと自分に笑った。

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